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理学療法の対象は「身体に障害のある」人ですので、病気や怪我で身体に障害が残った場合、その人がどのように障害を受け止めるのか、注目する必要があります。日本語では障害「受容」という言葉が用いられますが、英語では受容を意味するacceptanceの他に、適応や順応を意味するadaptationやadjustment、さらに難しい状況の中でうまく対処するという意味のcopingも使われるようです [1]。
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障害受容の代表的なモデル
障害受容の代表的なモデルを4つ紹介します [1][2]。
Graysonの障害受容論
Grayson(1951)は、障害受容を身体、心理、社会の3つの次元で捉えるべきと提案しました。そして障害受容に至る2つの段階を示しました。
第1段階:ボディ・イメージの再組織化
第2段階:社会的統合
ボディ・イメージとは、「各人が自分自身または自分の身体についてもっている像」のことで、「心理・生物学的」なもののことだそうです。
Wrightの価値転換理論
Wright(1960)により提唱された理論です。
障害受容とは、身体障害者が障害を不便かつ制約的なものでありながらも、自分の全体を価値低下させるものではないと認識すること [2] 田垣, 2002
4つの価値転換
- 価値範囲の拡大
- 障害の与える影響の抑制
- 身体の外見を従属的なものにすること
- 比較価値から資産価値への転換
CohnとFinkの段階理論
Cohn(1961)とFink(1967)によって提唱され、障害後の心理は一定の段階を経て「適応」に至るという考え方です。CohnとFinkは、それぞれ異なる理論背景で段階理論を提唱しましたが、受傷直後の状態(落ち込みや混乱)から適応に至るプロセスを表した点で共通しています。
Cohnの理論 | Finkの理論 |
障害を喪失としてとらえ、その後の心理的な回復をモーニングワーク※(mourning work)をもとに段階づけた。 | ストレス学説に依拠して、障害を一つの危機としてとらえ、それに対処する過程(coping)に力点を置き段階づけた。 |
1)ショック 2)回復への期待 3)悲観 4)防衛(健康的、神経症的) 5)適応 | 1)ショック 2)防衛的退却 3)現実認識(ストレスの再起)、抑うつ 4)適応 |
※ モーニングワーク:愛情や依存対象を死や別れによって失う体験、つまり対象喪失に引き続き営まれる心理過程のこと [3]
上田の障害受容の過程
上田 [4] は、障害受容について、
「あきらめでも居直りでもなく、障害に対する価値観(感)の転換であり、障害をもつことが自己の全体としての人間的に価値を低下させるものではないことの認識と体得を通じて、恥の意識や劣等感を克服し、積極的な生活態度に転じること」
としている。その上でえ、受容までの過程を
- ショック
- 否認
- 混乱(怒り、うらみ、悲観、抑うつ)
- 解決への努力
- 受容
と段階付けています。
段階理論に対する批判
段階理論は、障害受容の過程を単純化したモデルで示されているので、全てのケースでこの過程の通り、心理的に変化するわけではありません。実際には、これらの段階を行ったり来たりすることもあるでしょうし、長期間にわたり適応に至らないこともあるでしょう。また、これらの段階理論が作られた当時は、脊髄損傷など、外傷による身体の動きの障害が念頭にあったものと思いますが、認知機能の低下や慢性進行性疾患なども同様の段階をとるとは限りません。また、段階理論は、個人の内面の変化に重点を置かれて作成されています。しかし、実際には周囲の人や環境など、社会との相互作用の中でダイナミックに変化するものと思われます [1][2]。
障害を受容する社会受容
南雲 [5] は、障害による心の苦しみを、自分の中から生じる苦しみと社会から負わされる苦しみの2つに分けて考えた上で、段階理論などこれまでの障害受容のモデルでは自分の中から生じる苦しみの受容に焦点が当てられる傾向にあったと指摘しています。社会受容では、バリアフリーとユニバーサルデザインの記事でも説明した「心のバリアフリー」の考え方が重要だと提言されています。
一方で、社会受容の考え方について、障害を否定的に捉える背景には社会規範や価値、規則が存在しており、これらのことを踏まえて考えを深める必要があるという指摘もあります [6]。
[1] 水島繁美: 障害受容再考. リハ医学 40(2): 2003, 116-120 [2] 田垣正晋: 「障害受容」における生涯発達とライフストーリー観点の意義: 日本の中途肢体障害者研究を中心に. 京都大学大学院教育学研究科紀要 48: 2002, 342-352 [3] 今尾真弓: 慢性疾患患者におけるモーニング・ワークのプロセス : 段階モデル・慢性的悲哀(chronic sorrow)への適合性についての検討. 発達心理学研究 15(2): 2004, 150-161 [4] 上田敏: 障害の受容―その本質と諸段階について. 総合リハ 8(7): 1980, 515-521 [5] 南雲直二: 障害受容と社会受容. 音声言語医学 49(2): 2008, 132-136 [6] 田島明子: 社会受容論考: 「元の身体に戻りたい」と思う要因についての検討をめぐる「社会受容」概念についての一考察. Core Ethics 3: 2007, 261-275Sponsored Links